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ご挨拶

皆様こんにちは、山口剛志です。

私どものwebサイトを閲覧して下さり、誠にありがとうございます。いろいろな偶然と紆余曲折の末、私は今社会保険労務士という仕事に携わっておりますが、日々幸せを噛みしめながら仕事をしております。と言うのも、私どもの仕事(サービス)を通じて、お客様の喜ぶ顔や感謝のお言葉を頂き、お客様のお役に立てている!と日々実感するからです。

私の願いは、たった一つ。顧客企業が繁栄発展することです。そのために社会保険労務士として為すべき事を為し、中小企業の経営を支援するためのサービスの品質を磨き上げ、それを永続的に提供し続ける事が、私どもの使命と捉え、日々精進してまいります。どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

社会保険労務士 山口剛志


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私が社会保険労務士になったいきさつ

私が将来の職業を明確に意識したのは高校生の事です。福祉ボランティアに一生懸命だった母の影響からか、「将来は社会福祉関係の仕事に就きたい!」と明確に思い描き、大学受験に臨みました。当時、私立大学には“社会福祉学科”はいくつかありましたが、国公立大学には、大阪と京都の府立大学しか有りませんでした。大阪府立大学は、実は私の父親の出身ということもあり、であるならば…と、京都府立大学文学部社会福祉学科に進路を決めたのです。

大学では應援團と八百屋のアルバイトに明け暮れました。應援團に入團したのは、私は高校時代は演劇部に所属し(それはそれで全国大会出場レベルの非常に厳しいクラブだったのですが)、非常に硬派にあこがれていたからです。後に、グランドの外で応援ばかりせず「実際的に応援してくれ!」とのことで、部員が16人しか居ないラグビー部も兼部することになります。大学5年目の夏(京都という土地柄と應援團とラグビーと八百屋のバイトがとても心地よかったのでしょう、「勉強」というものをほとんどせず、実は2年も留年してしまっていたのです。昭和から平成に変わった頃、私は飲み過ぎで入院したことは今でも忘れません。)、福祉学科の授業の一環として障害児施設や老人ホームなどで現地実習を体験しました。今でもそうでしょうが、福祉施設での勤務は肉体的にも精神的にも物凄く大変です。軟弱フニャフニャな私は、都合6週間の実習を通じて「こりゃ大変だ! 僕には出来ん!」と、高校時代からの夢をあっさり方向転換してしまいました。

はてさて一体どうしたものか…と迷ったあげく選んだのが、「労働・社会保障専攻ゼミ」でした。若くてエネルギッシュな中島助教授(当時)が、法律的な視点から、我が国の労働事情をよくするための研究提言を行っていました。私はすっかり先生に心酔し、毎晩のように酒を呑み…いえ、勉強に励みました。

大学6年目の夏、就職活動をしない私に、流石に心配した先生が「“社会保険労務士”という仕事があるが、資格取得にチャレンジしてみたら?」と言って下さったのが、私と社労士との出会いです。当時は「試験勉強?面倒っち~!」と嫌がり、應援團の初代團長が重役をしている地元名古屋の企業に誘われていたこともあり、そちらに就職しました。

24歳で就職して初めての仕事は、油圧機器(シリンダーやポンプ)を油まみれになって営業する事でした。根性が腐りきっていた私はサラリーマン生活が苦痛な毎日でしたが、2年目の冬に事件が起きます。私を名古屋に呼び寄せた應援團の初代団長さんは当時、別会社を経営していたのですが、その会社が倒産してしまったのです。しかしその時に、最後まで頼りにされ、尽力した方がその会社の顧問社労士さんだったのです。私は「社労士って、経営者に信頼される、大切な仕事をするんだ…」と思い知ったのです。

私はすぐに辞表を出し、その社労士先生に弟子入りしました。「見習いにして下さい。給料は要らないのでお昼ご飯だけ食べさせて」と。日々、書類を作ったり、顧客先に同行したり、就業規則を作ったりしながら、社労士資格の試験勉強をしました。その傍ら、地元の物流倉庫で配送のアルバイトもしました。

1年ほど経った時、フリーター状態の私に、流石に心配した先生が「“代理店研修生”という仕事があるが、チャレンジしてみたら?」と勧めて下さり、損害保険会社の契約社員となりました。名古屋市北区の企業を1日50社飛び込み訪問営業する毎日に、心が折れそうになりましたが、その間、セミナー企画・助成金・労災保険と自動車保険の事故処理等を学び、そして、税理士や行政書士先生方や後の顧問先顧客となる経営者の方々に出会い、知識と人脈を深めていきました。

保険会社との雇用契約期間満了を迎える頃、3回目の社労士試験にようやく合格し、保険会社の退職と同時に、平成9年3月、名古屋市北区に独立開業する事ができました。アパートの一室の家賃6万円を払うことができず、保険会社時代の仲間2人とシェアしたのが出発点です。

その後、今日までの間、いろいろと有りました。。。。。
お陰様で、毎日を過ごすことが出来ております。

ありがとうございます。

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